撮影日記


2024年06月30日(日) 天気:雨

佐和式露出計算尺は何種類あるか

きれいに写真を撮るためには,フィルムなどに適切な露光を与える必要がある。そのためには,シャッター速度(露光時間)の値とレンズの絞りの値を調整する必要がある。その値を決めるための道具として,露出計というものを使う。現代の露出計は,光に反応するセンサからの電気信号を利用して,電気的に適切なシャッター速度や絞りの値を求められるようになっている。いまではカメラに露出計の機能が内蔵されていることが一般的になっているので,単体の露出計というものをイメージすることは少ないだろう。
 そのような電気露出計ではなく,季節や時刻,被写体のシチュエーションなどの要素に目盛をあわせることで適切な値を決めることができるような道具がある。日本国内で流通したものとしては,1938年から1960年ころにかけて発売されていた,「関式サロン露出計」がある(2022年4月12日の日記を参照)。これは3枚のセルロイド製の円盤が重なっているものであり,さまざまな要素があうように回転させることで,適切な値を決めることができるようになっている。関式サロン露出計は,カメラ・写真関係の雑誌や書籍を発行してきた玄光社から発売された。当時のカメラ雑誌や入門書などで,その広告や紹介記事をよく見かけることができる。関式サロン露出計は少しずつ変更がほどこされ,少なくとも10種類に分類できると考えている(2022年12月31日の日記を参照)。

関式サロン露出計とならんでよく知られていると思われる露出計に,「佐和式露出計算尺」がある。これは計算尺という名称があらわすように,直線状のものである。季節や時刻,被写体のシチュエーションなどさまざまな要素があうように,カーソルを動かしていくことで,適切なシャッター速度や絞りの値を決めることができる(2022年2月6日の日記を参照)。
 佐和式露出計算尺は,1938年11月に発売されたと考えられる関式サロン露出計より前の1933年3月に,カメラ・写真関係の雑誌や書籍を発行してきたアルスから発売された。佐和式露出計算尺を考案したと称する,佐和九郎氏は,アルスが発行する入門書などをいろいろと執筆しており,そこには自画自賛的にも感じられるような文章も見られる。世間へのアピールとしては,かなり強力なものだったと思われる(2022年2月16日の日記を参照)。

先日,インターネットオークションを通じて,佐和式露出計算尺を入手した。元箱と説明書もセットになったものである。説明書があるので,発売時期が特定できることを期待したものである。

説明書の奥付には,「昭和十五年七月三十日発行」とある。1933年の発売からは,ずいぶんと年月が経過している版である。そして,説明書の冒頭には「”新”佐和式・露出計算尺」という表記がある。つまりこれは,「カメラ」(アルス)1940年5月号(*1)に広告がある新型の佐和式露出計算尺ということになる。

以前に友人から預かっていた佐和式露出計算尺は,1936年に発行された佐和九郎氏の著書「露出の決定」(*2)に掲載されているものと同じものに見えるので,1940年の新型より前に発売されていた初期型ということになる。

これらを並べて,比較してみよう。まず表側は,発売元の「アルス(ARS)」や製造元の「逸見製作所(HEMMI SEISAKUSHO)」などの表記や配置がまったく異なっている。パッと見ただけでも,違う製品であることに気がつく。細かく見ると,目盛の書き方が違っていることや,新型には「赤外」の指標があることなどからも,大きく変更されていることがわかる。「

関式サロン露出計や佐和式露出計算尺は,係数という考え方で露出を決めるようにしている。天気や被写体のシチュエーション,フィルムの感度などにはすべて係数というものがあり,これを加算していくことで適切な値が決められるようになっている。その計算をするための道具が,これらの露出計である。
 佐和式露出計算尺では,裏面に係数の表がある。これを見ると,この2つで係数の値がまったく異なっていることに気がつく。

ここで説明書を読み返してみると,そこには『「佐和式露出計算尺」に採用された数値は,「佐和式係数露出法 紀元2600年改訂表」の数値』という表現があることに気がつく。紀元2600年は,新型佐和式露出計算尺が発売された1940年のことであり,新型の佐和式露出計算尺は,最新の数値にもとづいて全面的に変更したものであることがわかる。
 ともかく,佐和式露出計算尺として,初期型と新型の2種類が手元にやってきたことになる。さらに,第二次世界大戦後の1951年に,最新型の佐和式露出計算尺が発売されている(*3)。これは,1955年ころまで雑誌に広告が掲載されているのが見られる。つまり,佐和式露出計算尺としては,つぎの3種類が存在することがわかった。

佐和式露出計算尺の種類と発売年
発売年モデル備考
1933初期型 
1940新型紀元2600年改訂表に準拠
1951最新型フィルム感度表記を改訂(*3)

しかし,ここで重大な問題に気がつかなければならない。
 アルス「カメラ」1940年5月号の広告では,新型・佐和式露出計算尺について「全高級セルロイド製」と書かれている。
 しかし,このたび入手した新型・佐和式露出計算尺は,どうしても初期型と同じような厚紙製にしか見えないのである。

新型・佐和式露出計算尺には,全セルロイド製のものと,厚紙製のものがあるのだろうか?そして,佐和式露出計算尺には,いったいいくつのバリエーションがあるのだろうか?
 アルス「カメラ」の広告をたどりなおしてみることにする。
 まず,1940年5月号以降,つまり新型・佐和式露出計算尺の広告の変遷である。
 1940年5月号では,「全高級セルロイド製」とあり,価格は3円50銭になっている。1940年2月号まで掲載があった初期型の価格は1円80銭だった(*4)から,一気に2倍近い大幅な値上げである。それが,厚紙製とセルロイド製の価格差ということであろうか。なお,同じ時期の関式サロン露出計(新型)の価格は,2円20銭である(*5)。それぞれ初期型どうしであれば,関式サロン露出計の2円に対して佐和式露出計算尺が1円80銭で価格的に佐和式が有利であったが,新型になって以降はそれが逆転したことになる。なお,関式サロン露出計は初期から,全セルロイド製である。
 そのせいか,佐和式露出計算尺は,値下げに踏み切ったようである。アルス「カメラ」の1940年8月号までに掲載されていた広告では3円50銭だったが,1940年11月号に掲載されていた広告では初期型と同じ1円80銭に値下げされている(*6)。ただ,「全高級セルロイド製」という表記はかわらない。そして,「写真文化」1941(昭和16)年4月号の広告にはあった「全高級セルロイド製」という文字が(*7),翌月号では消えているのである(*8)。なお,価格はどちらもかわらず,1円80銭である。そして,3円50銭が1円80銭に値下げされたことや,「全セルロイド製」の表記がなくなったことについての説明は,いまのところ見つからない。
 なお,このたび入手した新型・佐和式露出計算尺の箱には,1円80銭という価格が示されていた。

このことから,このたび入手した新型・佐和式露出計算尺は,1941年4月以降に販売されたものである可能性がある。さらにWebで公開されている佐和式露出計算尺の画像をさがしてみたところ,そのほとんどが初期型のものであり,ごくわずかに戦後の最新型が見られただけで,この新型とくに全セルロイド製の画像は見つからなかった。それなりの量が流通したと考えられる佐和式露出計算尺であるが,新型は比較的少ないようである。そしていまのところ,全セルロイド製のものの存在を確認できていない。

*1 「カメラ」1940(昭和15)年5月号(アルス) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1501867/1/72

*2 「アマチュア写真講座 第1巻 露出の決定」(佐和九郎,アルス,1936年11月) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1223064/1/135

*3 「写真人とその本 5 /佐和九郎」(日本カメラ博物館 JCII ライブラリー 学芸員 宮ア真二)
http://www.jcii-camera.or.jp/business/pdf/photographer_books05.pdf
→1951 年にはフィルム感度表記などを改訂した「佐和式露出計算尺」を再発売,という記述がある。1952年4月発行の「アルス写真年鑑1952年版」にもこの最新型の広告があり,時期的には整合している。

*4 「カメラ」1940(昭和15)年2月号(アルス) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1501864/1/42

*5 「カメラ」1940(昭和15)年5月号(アルス) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1501867/1/37

*6 「カメラ」1940(昭和15)年11月号(アルス) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1501873/1/33

*7 「寫眞文化(春季特別増大號)」1941(昭和16)年4月号(アルス) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1541956/1/21

*8 「寫眞文化」1941(昭和16)年5月号(アルス) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1541957/1/14


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