撮影日記


2024年01月09日(火) 天気:曇

コダックの露出表はいつのものなのか

「露出表」というものを使えば,適正な露出を得るための基準を簡単に知ることができる。現代のカメラは,ほんとどのものに電気露出計が内蔵され,しかも自動露出機能もあるので,露出表を使う必要はない。ところで,先日いただいたコダックの露出表を使おうと思うと,重要な問題があることに気がつく。それは,「フィルムの感度」を設定する項目が存在しないことである。そのかわりに,フィルムの銘柄を指定するようになっているわけである(2024年1月2日の日記を参照)。

フィルムの銘柄が示す感度を知るために,この露出表がつくられた時期を特定したい。コピーライト表記として,マルCマークと年が書かれていれば話が早いのだが,そういう記載が見あたらないのである。
 表面にあるカラーフィルム用の「SNAPSHOT DIAL」ダイアルには,


・KODACHROME
・KODACOLOR,EKTACHROME
 
の2種類があるだけだが,コダクロームはコダカラー(およびエクタクローム)よりも1段ほど低感度であることは読み取れる。
 裏面のモノクロフィルム用の目盛には,


・TRI-X
・VER. PAN
・PLUS-X
・PANATOMIC-X
 
の4種類がある。
 そのほか,フラッシュ撮影用のガイドナンバーの表にも多種のフィルム銘が記載されている。


・Panatomic-X
・Verichrome Pan
・Plus-X
・Tri-X
・Royal Pan
・Super-XX
・Kodachrome Type F
・Ektachrome Type F
・Kodacolor
・Kodachrome Daylight Tpe S
・Ektachrome Daylight Type S

フィルムの銘柄はどれも長く使わているので,1つの銘柄の発売年を確認するだけではこの露出表がつくられた時期を特定できないだろう。しかし,これらのフィルムがすべて発売されていた時期を確認できれば,それをこの露出表がつくられた時期と考えればよいだろう。一方で,フィルムの新発売については雑誌の広告などをたどることで特定できそうであるが,発売終了についてはそのようなアナウンスが必ずしもされているとはかぎらない。
 そこで注目したいのは,コダクロームやエクタクロームの「タイプF」というものである。コダクロームやエクタクロームにはのちに,さまざまな銘柄のものが派生しているが,後年のものに「タイプF」という表記は見られないので,比較的発売期間が短く,時期の特定につながるのではないかと考えられる。
 「Kodachromia Wiki」には,K-11プロセスの「Kodachrome Film」の「Type F」は,1955年から1962年のものであると示されている(*1)。国立国会図書館デジタルコレクションを検索すると,「コダクロームタイプF」という語は,「山稜 1958」(日本山岳写真協会,山と渓谷社, 1958年)(*2)以前には見あたらず,「日本写真年報 1963年版」(日本写真協会, 1963年)に「…1961年にコダクロームUを発売したが,…ほぼ同性能になるコダクローム・タイプFの製造を中止し,…コダクロームU・デイライトタイプとコダクロームU・デイライトタイプAに力を入れることになった。」(*3)とあり,「Kodachromia Wiki」の記載と整合していると言える。
 また,スーパーXXについては,「ロールフィルムでは1960年以前に終了し,シートフィルムは1992年まで発売」としているものがあった(*4)。国立国会図書館デジタルコレクションで,これを直接に裏付けるような記述を見つけることはできなかったが,1960年ころより後では測量や印刷(マスク作成や色分解用)関係の書籍でしか話題にならなくなっているように見えるので,おおむね整合していると言えそうである。
 これらのことをふまえると,このコダックの露出表がつくられたのは,おおむね1950年代後半ということになるだろう。

そこで,日本カメラ「カメラ年鑑 1958年版」を参照する。コダックのカラーフィルムは4種類のものが取り上げられており,それらの感度は次のように書かれている。


エクタクローム ASA 32(D) フラッシュ用
エクタカラー  ASA 25(D) ASA 20(T)
コダクローム  ASA 10(D) ASA 16(T)
コダカラー   ASA 25(D) ASA 20(T)

ここにあるコダクロームの感度は,先の「Kodachromia Wiki」に記載されている「Kodachrome File (original)」の記載と整合しているようである。したがって,このときのコダカラーの感度も「カメラ年鑑 1958年版」に記載されているとおりであると考えられる。これは,露出表の「SNAPSHOT DIAL」でコダクロームがコダカラーよりも1.3段ほど低感度になっていることと整合する。エクタクロームとコダカラーの感度は異なるが,ほぼ同じとして扱ってよいということだろう。

ここまでのことからの結論としては,このコダックの露出表がつくられたのは1950年代後半であり,「SNAPSHOT DIAL」を使うときのフィルムの感度は,「コダクローム」がASA 10,「エクタクローム」はASA 32,「コダカラー」はASA 25として読み取ればよいということになる。

しかし,この問題はまだ終わらない。1950年代のASA感度表示は,デーライト感度(D)とタングステン感度(T)が分けられていることからもわかるように,1960年に改正される前の旧ASAである(2022年6月7日の日記を参照)。旧ASAと新ASA(現在のISO感度と同じ数値になる)ではおおむね1/3段のずれがあるので,実際にこのコダックの露出表を使って露出の基準を決めるならば,「コダクローム」は現在のISO 12,「エクタクローム」および「コダカラー」はISO 32ないしISO 40として読み取ればよいことになる。表の内容からISO 25ないし20相当と推測したことと,おおむね整合する(2024年1月2日の日記を参照)。
 実際の撮影でこの露出表を使うのは,かなり面倒そうである。慣れれば問題ないかもしれないが,慣れるころには,この露出表で判断できるくらいのことは「俺が露出計だ」で通用するようになっているのではないか,という気もする。

「アサヒカメラ教室 第4」(朝日新聞社,1959年)(*5)によると,エクタクローム・デーライトタイプフィルムの感光度はASA 32と示されており,日本カメラ「カメラ年鑑 1958年版」と整合している。また,コダクロームのタイプFは「クリヤーフラッシュバルブ(3800°K)に対して,カラーバランスをされている」フィルムであると説明されている。エクタクロームのタイプFも,コダクロームのタイプFと同じように「クリヤーフラッシュのためにカラーバランスされている」フィルムであると説明されている。

*1 Kodachromia Wiki
https://kodachromia.fandom.com/wiki/Kodachrome_Varieties

*2 「山稜 1958」(日本山岳写真協会,山と渓谷社, 1958年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2485811/1/63

*3 「日本写真年報 1963年版」(日本写真協会, 1963年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2526547/1/39

*4 Kodak Super-XX film (THE DARKROOM)
https://thedarkroom.com/kodak-super-xx-film/s

*5 「アサヒカメラ教室 第4(カラー写真)」(朝日新聞社,1959年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2476073/1/59


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