撮影日記 |
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2024年02月09日(金) 天気:曇ワルツの露出計の意外な名称写真を撮るときに使う道具の1つに,露出計がある。現代のカメラでは,ほぼすべてのカメラに露出計が内蔵されている。なお,カメラが自動露出になっているということは,露出計が内蔵されているということである。単体の露出計を見たことがない,まして所有していない,という人であっても,必ず露出計のお世話にはなっているはずなのである。 1950年代になると電気露出計の製造や販売が,日本でも盛んになってくる。このころまでの電気露出計は,セレン光電池という素子を使っている。これは,光があたるとその強さに応じた電力を発生する素子で,その電力を使ってメーターの指針を振らせるようになっている。その振れ具合によって,客観的な明るさを知ることができる。そのころ露出計を発売していたブランドの1つに,ワルツがあった。 この露出計は,この時期の製品だとは思うものの,具体的な発売時期がわかっていなかった。それを確認するために古い雑誌の広告などを眺めてみるが,ワルツはさまざまな小物の写真用品を扱っており,その広告からは露出計の外見や名称などを確認することが難しい。そこで雑誌だけでなく,いろいろな書籍を閲覧していくことにした。 ともかく,この露出計は1951年12月発行の書籍がつくられた時期には,すでに発売されていたということになる。さらに発売時期を絞り込むために,より発行時期の古い書籍を眺めてみた。すると,「初歩のカメラハンドブック」(吉川速男,山海堂,1951年5月発行)(*2)に,外見の異なる「ワルツ露出計」が描かれているのを見つけることができた。したがって,「ワルツ・スーパー電気露出計」はこのあいだにあたる時期,おそらく1951年の夏ごろまでに発売されたと考えてよさそうである。そうすると,「初歩のカメラハンドブック」に掲載されていた「ワルツ露出計」が「Model EU」の前の,「Model ET」だったのかもしれないが,それは確認できていない。 ところで,第二次世界大戦後,さいしょに電気露出計を発売したのはセコニックらしい。「アルス写真年鑑1951年版」(アルス,1951年)に「1950年 国産カメラの動向」(愛宕通英)という記事があり,そのなかで 戦後にはじめて発売された,日本製の電気露出計は,このSEKONIC L-1を示していると考えてよいだろう。「アサヒカメラ」1950年8月号に広告が載っているのだから,具体的な時期としては1950年の夏ごろまでに発売されたものと思われるが,このことは「ゼロから大量生産に 世界のセコニック電気露出計」(小川昌巳,2018年)という自費出版本でSEKONIC L-1の生産に成功したと語られている時期と整合している。 「アルスカメラ年鑑1951年版」によると,セコニックにつづいて日本で電気露出計を発売したのは,ワルツと三栄産業ということになっている。具体的には
このころの露出計は,カメラやレンズのように広告で詳細に紹介されることは少なかったようである。まだ,そんなに安価ではなかったと思われるが,それでもカメラやレンズにくらべれば安価だろうし,カメラやレンズほど華やかな存在ではなかったのだろう。ともあれ,発売時期や名称などの確認には,ひと手間が必要になるようである。
*1 「露出の決め方」(鈴木八郎,双芸社,1951年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
*2 「初歩のカメラハンドブック」(吉川速男,山海堂,1951年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
*1 「アルス写真年鑑1951年版」(アルス,1951年) (国立国会図書館デジタルコレクション) |
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