撮影日記


2017年12月02日(土) 天気:晴

妙にきれいなニコマートFTN

カメラを趣味とする人たちの一部で,「ドフ」という語句が使われることがある。「ドフ」ではときおり,珍しい製品や格安の製品が見つかることがあるらしい。
 ここでの「ドフ」とは,「ハードオフ」というリサイクルショップをさしている。「ハードオフ」は全国にチェーン展開しているお店だが,残念ながら広島市内に「ハードオフ」の店舗は1つもない。もっとも近いところで廿日市市にあるが,その方面にでかける機会がふだんから少なく,縁遠く感じる場所である。つぎに近いところにあるのは福山市だが,高速道を利用しなければ,訪れるのが面倒な距離である。
 そのかわりというべきかどうかはわからないが,「ブックオフ」の大型店舗で「スーパーバザール」というものが,広島市内には2店舗ある。そこでは中古家電製品等も扱われており,プラスチックのコンテナにジャンク扱いの商品がつっこまれているようすは,まるで「ハードオフ」である。

今日もコンテナを覗いてみると,そこにはビニル袋に包まれた黒いカメラがあった。

値札に記載された金額は,780円である。そして,このレンズは,ニッコールっぽい。迷わず救出したそのカメラは,ニコマートFTNのブラックボディであった。付属していたレンズは,NIKKOR-S Auto 50mm F1.4である。

なぜ,このカメラがわずか780円でジャンク品扱いされていたのであろうか。
 もしかすると,シャッターが動かないのだろうか?
 巻き上げレバーは,スムースに動いた。シャッターレリーズボタンを押して聞こえる動作音には,なんの問題も感じられない。低速シャッターが粘っているのだろうかと,シャッター速度を1秒にして動作させるが,とくに問題はない。高速シャッターで幕が開かないのだろうかと,裏蓋をあけて動作させるが,シャッターはちゃんと開いている。幕も,きれいなものだ。
 それでは,ファインダーが著しく汚れているのだろうか?
 まったく,きれいなファインダーである。
 それどころか,ボディ全体に傷など目立たず,きれいなものである。

それでは,レンズがどうしようもない状況だというのだろうか?
 いや,まったくきれいな鏡胴である。レンズの表面が少し汚れていたが,軽く拭くだけできれいなものになった。使いこまれると,自動絞りのレバーが摩耗してくるが,その気配は微塵もない。
 このカメラは,使われていなかったのではないだろうか?

しかし,オプション品のアクセサリシューが取りつけられていることからは,本気で使おうと考えられていたと思われる。純正の保護フィルタがつけられていることや,下半部だけケースに入れられていたことからは,ある程度は使われていたものの,神経質なくらいにていねいにたいせつに扱われていた可能性も考えられる。

ニコマートFTNは,1967年10月に発売された。日本カメラショー「カメラ総合カタログ」vol.32(1968年6月)によれば,ボディの価格は32000円,50mm F1.4レンズ付きで54800円である。さらに,ブラックボディは日本カメラショー「カメラ総合カタログ」vol.38(1970年5月)では1000円高い価格がつけられている。1969年5月に東京から新大阪まで新幹線「ひかり」号を利用すると,運賃2230円,超特急料金1900円で4130円となる。現在,東京から新大阪まで「のぞみ」を利用すると,運賃8750円,通常期の指定席特急料金5700円で,14450円となる。単純に計算して,3.5倍だ。50mm F1.4レンズ付きでブラックボディのニコマートFTNの価格を3.5倍すると,195300円となり,決して安いものではないことがわかる。なお,国鉄の初乗り運賃は,1969年5月は5kmまで30円,現在は3キロまで140円(本州3社の幹線)だから,ざっと5倍である。これで比較すれば,279000円となる。ともあれ,神経質なくらいにていねいに扱われるのも,当然のことなのだ。
 かつて高級なカメラは,「これは一生モノですよ」という言い方をされることがあったそうだ。現在のディジタルカメラで,「これは一生モノですよ」と言ってもらえるカメラは,あるのだろうか。そもそも,カメラに「一生モノ」という言い方がされなくなったのは,いつごろのことだったのだろうか。


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