撮影日記


2011年02月19日(月) 天気:晴

放置と保存の境界は?
「ともはと号」が語るもの

少し前の新聞記事が必要になったので,新聞社が発行する「縮刷版」を参照するために,広島市「中央図書館」を訪れた。こういうことを書くと,「古い新聞記事ならネットで調べればいいだろう」という声が聞こえてきそうだ。たしかに有料のデータベースサービスを利用すれば,さまざまな新聞社のかなり古い年代の記事も検索でき,たいへん便利である。しかし,単なる文字列として表示される記事の情報だけでは,十分ではない。たとえば見出しにしても,実際に紙面で使われている文字の大きさによって,受ける印象はずいぶんと違う。また,1行で書かれているのか2行で書かれているのかも大きく影響するし,紙面のどの位置にどう配置されているかも,決して無視できない要素である。ちなみに今回は,ネットでの検索を利用して,それが「いつの」記事であるかのねらいをつけておき,その実物を確認しにいったのである。
 ところで,「ニュースはネットで見るからもう紙の新聞はいらない」と,「本気」で言っている人があるとすれば,その人はあまり深く考えずに情報を取り入れているのではないかと思われる。本音として,「ネットならタダ」だから,「個人で高い金を出してまで買うのはもったいない」という意味で言っているならば,まだ理解できなくもない。しかし,紙の新聞記事の存在価値そのものがないという意味の主張であるならば,習慣として情報を表面的にしかとらえていない人なのではないだろうか。
 そういう人にかぎって,「マスコミの情報は信用ならない。ネットの情報は信用できる。」という主張を好む傾向にあるようだが,どちらも「鵜呑みにしてはいけない」という意味では同じくらいのものである。あとは情報を受け取る者が,どちらをより信頼性が高いとみなすか,というだけのことだ。

そんなことは個人の価値観の問題だから,少なくともこの「撮影日記」においては,どうでもいいことである。

閑話休題。

用事を済ませて,中央図書館の外に出た。晴れているのだが,ややかすんだ空模様だ。図書館の裏にまわってみると,木陰に古そうなマイクロバスの姿が見える。なぜ,こんな場所にマイクロバスが停車しているのだろうか。近づいてみると,廃車の雰囲気もある。前にまわりこんでながめれば,ナンバープレートがはずされた廃車であることが判明する。

また,このバスには,「ともはと号」という名前もついているようだ。

さらに車体の側面には,「次の巡回日は  月 日です」という文字がある。

覗いてみれば,車内には棚が設置されているのもわかる。そう,これは「移動図書館」用のマイクロバスなのだ。移動図書館は,近くに図書館のない地域で本の貸し出しをおこなうサービスである。そのための車両が廃車として置かれているということは,もう移動図書館のサービスはおこなわれていないのだろうか?その疑問は,すぐに解消。そばの車庫には,トラックを利用した「ともはと号」が待機している。

このマイクロバスの「ともはと号」は,長い間,図書館を利用しにくい人のために,本を運び続けていたということだ。それにしても,古びた車両である。とはいえ,それなりに手入れはされているのだろうか,さほど荒れたようすもうかがえない。「みんなの思い出」が詰まっていそうな車両ということで,ここに「保存」しているのだろうか?もしそうであれば,そばに説明板の1つでも用意してもらいたいところだが,そのような気配はない。そうでないなら,廃車処分待ちで「放置」しているだけなのだろうか?
 ここに,「放置」と「保存」の境界が見えるような気がするのである。

ところで,広島市立図書館のウェブサイト(*1)を参照すれば,トラックの「ともはと号」は,平成21年4月にリニューアルしたとのこと。ということは,マイクロバスの「ともはと号」は,つい2年ほど前まで,実際に使われていたということか。そうであれば,たとえ「放置」であっても,まだあまり荒れていないのも納得できる。
 さて,このマイクロバスの「ともはと号」は,「保存」されているのか「放置」されているのか。また,今後どうなるのか。ちょっと気になるところである。

*1 http://www.library.city.hiroshima.jp/guide/library/tomohato/index.html


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