2018年04月20日(金) 天気:晴れ
セコニックの謎
かなり以前のことであるが,友人からかなりまとまった量の露出計をいただいていた。すっかり遅くなったが,ようやくそれらの整理にとりかかることにした。
いただいた露出計は,さまざまなメーカー(ブランド)のものが含まれている。まずは,セコニックの露出計からはじめよう。古い雑誌の広告などをさがし,そこに記載されている機種と,いただいた機種とを照合する。その結果,「L-3b」というものと「L-8」というものが,もっとも古い機種のようである。
SEKONIC L-3bとSEKONIC L-8
まず,「アサヒカメラ年鑑1957年版」の広告に,「プロフェッショナル L-3b」「ディレクター L-8」という形で掲載されていることを確認した。「アサヒカメラ年鑑1956年版」の広告には,「プロフェッショナル L-3b」が掲載されており,「ディレクター L-8」は掲載されていない。「アサヒカメラ年鑑1955年版」の広告では,「プロフェッショナル L-3b」も掲載がなく,その前モデルと思われる「プロフェッショナル L-III」が掲載されている。これらのことから,SEKONIC L-3bの発売は1956年ころ,SEKONIC L-8の発売は1957年ころと考えられる。
しかし,よくわからないことがある。
「アサヒカメラ年鑑」の広告では,「ディレクター」にはL-8A (2800円)とL-8B (2200円)の2種類があることになっている。また,セコニックのWebサイトでは,旧機種の一覧があって,一部の機種だけだが取扱説明書のダウンロードができるようになっている(*1)。ここの一覧表(生産・販売終了製品)では,L-8の製品名は「ディレクター」ではなく「リーダーデラックス」となっている。それとは別にL-8bの項目があり,その製品目は「ディレクター」である。一方で,本体とあわせていただいたSEKONIC L-8の取扱説明書の表紙には「ディレクター」という製品名がある。
SEKONIC L-8 本体,アンプ,取扱説明書
これは,どういうことであろうか。
問題を整理しよう。
まず,SEKONIC L-8という露出計が存在する。この製品には,L-8AとL-8Bというバリエーションがあるらしい。また,L-8bと表記されることもあるが,L-8aと表記されるものは見かけない。
セコニックのWebサイトによれば(*1),SEKONIC L-8には「リーダーデラックス」という愛称名があたえられている。
一方で,取扱説明書には「ディレクター」という愛称名が使われている。広告でのL-8A,L-8B,L-8bにも「ディレクター」という愛称名が使われている。
SEKONIC L-8という露出計には,どんなバリエーションがあり,どのように愛称名が使いわけられているのだろうか。
1つ目の問題として,愛称名のほうから,考えてみよう。
ここでは,日本国内向けと海外(おそらくはアメリカ合衆国)向けとで,愛称名を使いわけている可能性があることが想像できる。アメリカ合衆国には,NORWOOD DIRECTORという有名な露出計がある。セコニックが,「ディレクター」という愛称名で露出計をアメリカ合衆国で発売することには,商標上の問題があったはずだ。
一方で日本国内向けには,著名なNORWOOD DIRECTORにあやかった名称をあえて使っていた,ということが考えられる。当時の日本企業ならば,著名な海外製品の模倣とも思われるようなことをしていたとしても,驚くにはあたらない。
このような仮説をもって,もういちどセコニックのWebサイトにアクセスし,「L-8 リーダーデラックス」とされている取扱説明書をダウンロードして閲覧した(*2)。実際にご覧いただければ気がつくと思うが,用意されているPDFファイルでは表紙と掲載された写真だけが当時のもので,本文などの文字は,のちにあらためてつくられたもののようである。そして,表紙と写真には,日本語の部分がない。
SEKONIC L-8は,海外向けには「READER DELUXE」という愛称名,日本国内向けには「ディレクター」という愛称名を使っていたと考えてよいだろう。
2つ目の問題として,L-8AやL-8bなどのバリエーションについて,考えてみよう。
「アサヒカメラ年鑑1957年版」の広告では,「ディレクター L-8A」には2800円,「L-8B」には2200円という価格がつけられている。それなりの,大きな価格差だ。
つづいて,「アサヒカメラ年鑑1959年版」にも広告があるのをみつけた。そこでは,「ディレクター L-8b」は2200円で,「ディレクター用HiFiアンプ」が600円とある。この金額は,L-8AとL-8Bの価格差と,同じだ。L-8Aは「L-8本体とアンプのセット」,L-8Bは「L-8本体のみ」ということだろう。
さらに,「1957年版カメラ年鑑」に,「セコニック・ディーレクター L-8A,L-8B」という記事があることを教えていただいた。そこには明確に,
高低切替 2段(L-8A) 3段(L-8B)ブースター使用
価格 L-8A 二、八〇〇円(アンプ付) L-8B 二、四〇〇円(アンプなし) Hi-Fiアンプ六〇〇円
と記載されていた。
つまり,露出計本体の製品コードは「L-8」で,オプションのHi-Fiアンプの有無で,「L-8A」と「L-8B」という2つの商品コードが用意されていたということが明確になった。
なお,「1957年版カメラ年鑑」では,L-8Bの価格が2400円になっている。前後の時代の広告において,どれも価格が2200円となっていることから,「2400円」は誤記であると考えられる。
しかし,それでもまだ,「L-8B」と「L-8b」という表記の違いが残る。
ここには,2つの可能性がある。1つは,マイナーチェンジが施されていること。マイナーチェンジ前の製品コードはL-8で,マイナーチェンジ後の製品コードはL-8bになった可能性だ。たとえば,手元にある製品の裏側にある銘板には,「SEKONIC L-8」と記載されているが,取扱説明書のほうでは「SEKONIC L-8 DIRECTOR」になっている。これは,輸出仕様と国内仕様の違いという可能性もあるが,なんらかのマイナーチェンジの影響があるのかもしれない。
表記の違いについてのもう1つの可能性は,単なる表記のブレであること。
関係者にはたいへんに失礼なことではあるが,この時代のセコニックという会社には,少々いいかげんなところがあったのではないかと疑っている。セコニックのWebサイトでは,会社の創業について,このように記載されている(*3)。
1951年6月 成光電機工業株式会社(東京都豊島区)を設立。露出計の製造販売を開始。
しかしながら,「アサヒカメラ」戦後の復刊第1号(1949年10月号)には,セコニックの露出計の広告が掲載されている。そこには「東京 成光電気株式会社 豊島」という名称と,「セコニック電氣露出計 MODEL L-1 L-4」という製品名が記載されている。1949年当時の成光電気株式会社と,1951年設立の成光電機工業株式会社とは,別の組織なのだろうか?
当時は,戦後の混乱期がようやく落ち着こうとしていた時期だろう。だから,ある程度は「いいかげん」なところがあったのかもしれない,とは思いたい。
とはいえあまりにも気になるので,業務のさしさわりになるかと懸念しつつ,問い合わせ窓口に質問を送った。いただいたご回答によると,成光電機工業株式会社の前身として,1941年6月に成光通信機械製作所が設立されているとのこと。ただし,1949年当時の成光電気株式会社という名称の経緯についてはわからない,ということだった。ご多忙にもかかわらず,早々にご回答をいただいたことに,深く感謝したい。
このころ,成光電機工業株式会社と同じ住所と電話番号で「成光セレン研究所」を名乗っていた文書もあるようなので,いくつかの名称を適宜使い分けていた可能性もある。
ともあれ,意外と(?)謎の多い,セコニックの製品と会社である。
*1 取扱説明書・カタログダウンロード(株式会社セコニック)
→https://www.sekonic.co.jp/product/meter/download/download.html
*2 L-8_2nd.pdf (SEKONIC L-8 取扱説明書) (株式会社セコニック)
→https://www.sekonic.co.jp/product/meter/download/pdf/manual/L-8_2nd.pdf
*3 沿革 (株式会社セコニック)
→https://www.sekonic.co.jp/corporate/history.html
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